21世紀の日本で「豊か」ってなんだろう?と思った時に。


という記事を去年の11月頃に自分のfacebookのページに書きました。
それ以上に、この話がわたしの心の真ん中にピタリと、
まるでジグソーパズルの最後のピースのように美しく納まり、
思い返すたびに凛とした気持ちになるので、
ついにこのお話を、もっとも心が落ち着く場所へ配置しました。
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「ボブ・マッシーの鉄のフライパンのはなし」は、
以下のパタゴニアのサイトから読むことが出来ます。
http://www.patagonia.com/jp/patagonia.go?assetid=92967
人生を豊かにするためのとてもシンプルなアイデアが描かれています。

日々、こうあったらいいな、こういうコミュニティの中で暮らしたいな、
という理想と、同じようなモノを買い続ける矛盾を天秤にかけて生きています。

こないだ、職場の古いブラウン管のテレビを処分しようとした時のことです。
リサイクル料がかかることはなんとなく知っていましたが、
誰にどうやって支払って、どこに持ち込んで処分してもらえば良いのか、
ということが分かりにくすぎることに気がつきました。
ほとんどの場合は、家電量販店で新しい物を買うときに
引き取ってもらうという図式なのでしょう。
「古い物を処分するには新しい物を買えばいい」というのは、
一見、理にかなったようにみえますが、おそろしく無駄じゃないですか?

事実、地デ鹿で映らなくなったアナロぐまTVは、壊れたわけじゃない。
買い替えのタイミングを逃したばっかりに、処分方法に悩むとか、
壊れてないのに映らなくなったテレビがある、ということに困らなきゃいけないわけだ?

都合のいいことは簡単なように促して、
都合の良くないことは、なるべく困難に、なるべく面倒に。
なんだかそんな風に感じることが多いですよね。
マジョリティーはそう感じることが少ないから「日本便利!」とか思うんだろうけど。
いや、日本は便利だよ。
だけどシンプルじゃ無いね。

手に入れるのは簡単。
廃棄するためには困難を極める。
そんな物が多すぎる。
買い物の仕方を、考え直さなきゃいけないな、と日々思う。

日々、そう思っていながら、
「ガス代たっけーわ!!!」と憤慨して、
勢いでT-falのすぐ沸くポットとIHクッキングヒーターを買ってしまったり、
自分自身がもう矛盾だらけで、どーしよーもねーわ状態ですが。

本当にアホですよ。
IHクッキングヒーターにしたばっかりに、お気に入りのケトルも銅のなべも
使うことができなくて、新しいケトルと鍋を買わなくちゃいけないんですから。
21世紀のあさはかな日本人筆頭!みたいになってて悲しいです。
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新しい物をどんどん買って、見せかけの生活を豊かにしたいわけではありません。
わたしが「良い買い物をしたい」というお話は、
以前、50円のマグカップを例にとって書き記しましたが、
今度はペーパーナイフの話を聞いて下さい。

封筒をどうやって開けていますか?
ハサミで切っていますか?
手でバリバリと裂いていますか?
ペーパーナイフを使って開けていますか?

どうやって開けようが結果になんら変化が生まれるわけではありませんが、
使い込まれて角が丸くなってきたナイフを見ていると、
気に入った物を大切に使い、たとえばわたしが死んでしまった後も、
孫やひ孫が同じように使ってくれたら、
それはわたしにとっての「ボブ・マッシーの鉄のフライパン」です。

良い生活ぶっているのではなく、
所有するものやそのものの価値、使い方で生き方を豊かにすることがでます。
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で、「心が落ち着く場所」というのは、他ならぬトイレです。
ネパールに想いを馳せて。
ちょっと残念だったのは、普段は大好きなパタゴニアのコラムと一緒に、
わりと古めの都内の電車路線図を置いてあるのですが、
たまたま遊びにきて泊まっていったわたしの同僚が、
パタゴニアのコラムには一切触れずに路線図のことに触れたこと。
・・・仕事でね、パタゴニアの製品を扱っていたとしても、つまりは、、、。
「読んだことなんか無い」そうです。

カタログひとつとってみても、どこを見るのか。
何が良くて、何が悪いと言うことではなくて、
ヒトって興味深いな・・・と思った次第であります。

もし手に入るなら、シーズンごとのパタゴニアのカタログを読んでみて下さい。
心に響くストーリーがいくつも紹介されています。
(ただし、わたしはイルカ漁も捕鯨も日本の立派な文化だと言う姿勢は崩しません。)
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